デジタル、アナログ

ゴールデンウィークで浮かれている世間において、鉄道屋は書き入れ時。というわけで、振り替え休日となる今日はいつもどおりの月曜日となり、混雑がなくて空いた通勤となった。

家を出てしばらくしたころに、腕が妙に軽くて「時計忘れた…」と気づくが、もう遅い。会社の引き出しに放り込んであるチープカシオで、一日を過ごす。

かつてはデジタル時計派で、時計だけでなく気圧計、高度計といった付加機能まで全て使い切っていた。それらの機能をとにかく使うものだから、電池の消耗が激しくてスペック上の年数に到達することなく、2年程度での電池交換が続いていた。しばらくすると「防水機能を維持する部品の生産が終了した」としてメーカーから修理を断られ、強制的に買い換え。代替品は、やはり多機能なモデルを選んでいた。

現在は時計趣味の絡みもあって、アナログ時計派。デジタル時計の何時何分何秒という「見る」時刻ではなく、針の位置と角度で経過時間と残り時間を感覚的に把握している。特に現場は、作業時間が分単位で決められているために、残り時間が重要になってくる。したがって、機械式時計特有の精度の悪さはあまり気にならず、だいたいの時刻が分かれば十分だったりする。

今日はデジタル時計だったので針の角度によるチェックができず、地味に苦労することになった。仕事の区切り時間が13時20分だとして、まず液晶画面上の数値を視覚情報として読み取る。次のプロセスは頭の中で、アナログ時計での13時20分の針の位置を一旦イメージする。そして、区切りまでの残り時間を針の角度で考えて、残り何分だな?と認識してるようだ。このデジタルな数字から、アナログの角度への変換プロセスが、地味に苦労した理由のようだ。

これが以前のデジタル時計派だったころは、残り時間は無意識のうちに弾き出していた。撮影したい列車の通過時刻が○○時○○分、現時刻は××時××分、残り▲▲分▲▲秒か、というような具合。時は12進法、分と秒は60進法となるが、これらの違いを乗り越えて時間を認識していたのだから、使い続ける中で自然と計算できるようになっていたようだ。アナログ時計派の今では、過去にはそんな計算ができたのか…と、失われた能力という感じだろうか。

クォーツ式だろうが機械式だろうが、アナログ時計特有の弱さを知ると、デジタル時計の堅牢さには改めて驚かされることが多い。両者は甲乙付け難いものがある。