桜が咲き、改めて時間を知り

桜の満開宣言が出て、気が付けば小さな葉が見えてきて、花が散っていくのもあっという間。こうして春のピークが過ぎて、季節はすぐに夏へ向かう。

馴染み深い花である桜はキレイな存在として取り上げられる一方で、「桜の木の下には死体が…」で代表されるように『美しさの裏には影がある』として扱われることもある。舞い散る桜の花びらと死を重ね合わせることに、なんら違和感を抱かないのも不思議な部分ではないだろうか。

美しさと恐ろしさを同時に捉えるようになった要因として、坂口安吾の『桜の森の満開の下』という短編小説を読んだことによる。最初に読んだときは意味が分からなかったが、場面ごとの風景や人物を深く想像しながら読むと、決して止められない時間の流れの恐ろしさが見えてくることに驚かされる。

サクラサク

『桜の森の満開の下』の終盤。満開に咲く桜の木の下で、美しかった女が老婆かつ鬼に変わっていて、時間の流れを知ってしまった鈴鹿峠の山賊が、真実から逃げようとして壊れていく場面があり、なんとなく自分自身を重ねていることに気づいた。

花というものは怖ろしいものだな、なんだか厭なものだ

桜が誰にでも関わる恐ろしさといえば、開花すればまた一つ年を取ることを意味し、確かに厭なものかもしれない。だが、物語中の山賊のように頭上の満開の桜を見上げて、過ぎ去った時間の流れに気づいて壊れるわけにはいかない。限りある時間を有効活用をして、先取りするからこそ、物事に集中することができるというもの。日々の時間は、決して無駄にはできぬ。