何が問題なのか、さっぱり理解できない。年金に頼らず、自前で貯金して備えておけとは、中学時代の社会科での一こま、日本の税の仕組みで習ったことだが。まさか年金だけで、悠々自適な生活が送れるとでも思っていたのか。国は、そんな夢のあることを国民に向けて発表したことがあっただろうか。バラ色な期待を抱いていたなら、それは甘っちょろい幻想でしかない。
サラリーマンならば、誕生月に送られてくるねんきん定期便、現在の収入状況と昇進による昇給分、会社の勤続年数に応じた退職金といった要素から、引退後の金額はなんとなく見えてくると思う。それをベースに簡単な人生設計をしておけば、不足、もしくは必要になる金額の目安が見つかるというもの。国民年金には該当したことがないので、そちら側の「より厳しい現実」とやらは分からないが。
報道で広がって、今は『消された』報告書をよく読めば、「考えられる」「望ましい」といった、殆どが仮定の内容になっている。2000万円が足りないという決めつけではなく、あくまで平均の不足額から導き出された単純計算となっていて、『不足額は各々の収入・支出の状況、ライフスタイル等によって大きく異なる(原文ママ』という、仮のハナシ。さらに読み進めてみると、
長寿化の進展を踏まえて、年齢別、男女別の平均余命などを参考にしたうえで、老後の生活において公的年金以外で賄わなければいけない金額がどの程度になるか、考えてみることである。それを考え始めた時期が現役期であれば、後で述べる長期・積立・分散投資による資産形成の検討を、リタイア期前後であれば、自身の就労状況の見込みや保有している金融資産や退職金を踏まえて後の資産管理をどう行っていくかなど、生涯に渡る計画的な長期の資産形成、管理の重要性を認識することが重要である。
という記述だ。「今からでも年金以外での収入手段を考えておこうか」「生涯、お金の管理と勉強をやろう」という、一種の呼びかけになっているものと感じた。それがなぜ、2000万円という数字だけが取り上げられて、一斉に批判されているのだろうか。
配られた文章は、まず最後までよく読め、プリントの裏も必ずチェックしろとは、小学生で習うことだ。意味が分からない部分ががあれば、その場で質問することとも言われたと思う。どうやら政治家とは、これら原則的、常識的な行動ができず、自分にとって都合の悪い部分だけを持ち上げて、感情的になる頭の悪い人のことらしい。選ばれる人のレベルは、選ぶ人を反映しているとも言えるか。