B型エンジンを搭載したEK(EG)シビックのラジエターは、軽自動車並みと称されるほど小さいラジエターを装備している。エンジンをブン回し続けていると、純正水温計が上を向いているlink…というのは珍しいことではない。適温か否かを表示する純正水温計の針が上を向くのだから、明らかに冷却能力不足で、オーバーヒートに足を踏み入れている。

「高効率」とされたハーフサイズラジエター

そこでお手軽水温対策として、タイミングベルトを交換したlink際、SPOONのローテンプサーモスタットを装着した。ローテンプサーモスタットはノーマルに比べて開弁温度はマイナス12℃、全開温度はマイナス9℃とそれぞれ低く設定されている。これで冷却水の水温が低いうちからラジエターに流すことで、冷却能力に余裕を持たせることができる。

…と、思っていた。このときは。

SPOON製ローテンプサーモスタット

▲SPOON製ローテンプサーモスタット
開弁:68℃ 全開:81℃

異変でオーバークールに気づく

だが、この開弁温度と全開温度が低く設定されている事により、様々な弊害が発生することになった。

最初に異変を感知したのは、冬場だった。水温計の針はなかなか水平にならず、一向に暖機運転が終わる素振りを見せない。アイドリングは標準値を上回る900rpm近くで安定するような状態だった。ヒーターを強めていくと、応じて水温計の針がL側に落ちてしまう。何とか針が水平に達したところで、極短距離でもエンジンブレーキを使うと、すぐにL側に落ちてしまう。

R299麦草峠

気温の高い夏場でも、異変はあった。エンジンブレーキを多用して山を降りてくると、針はL側に落ちている。麓に下りるころにはキンキンに冷え切ったボンネットと、アイドルアップして暖機運転するエンジン。暑い夏場なのに、冬の朝一番のエンジン始動後のような状況になっていた。そして、エンジンを極限状況に追い込むサーキットにおいては、H側に向かって動き始めていた…。

低い水温で弁が開くのが、ローテンプサーモスタット

冬場は常時暖機運転効果のおかげで、燃費は極端に悪化して一桁台が当たり前となった。夏場のサーキット走行ではH側を差しており、冷却能力は相変わらず不足していることを意味する。このことから、ローテンプサーモスタットの交換だけでは水温対策になっておらず、冷却能力が高まるどころか、適正水温を維持できていないオーバークール状態に陥っていた。

エンジンは暖機運転によってオイルを十分に回しつつ、ピストンを膨張させることでシリンダーとのクリアランスを適正な状態へ導いている。ところが、ローテンプサーモスタットによって、低い温度から開弁することで冷却し始めてしまい、ピストンは設計どおりの膨張ができなくなっている。

クリアランスが過大となったピストンはシリンダー内でグラついてしまうことになり、磨耗の促進といった寿命に関わるストレスを受けてしまう。ピストンとシリンダーのクリアランスが正しくないことから、ブローバイガスの増加とオイルの劣化が早まり、常時暖機運転のおかげで燃費は悪化し、燃料を濃く噴射することでパワーダウンまで起こる。これらこそが、ローテンプサーモスタットのデメリットだ。

水温計の針がH側に傾くと、オーバーヒートの危機感を覚える。しかも社外の後付水温計があれば、高い数値が表示されるので「いつもこんな高い水温だから、アクセル全開の激しい走りをすればオーバーヒートしてしまうかもしれない」とますます恐怖感を抱く。そこで「冷却能力の向上」等の宣伝文句で、ローテンプサーモスタットに交換すると、以前よりも低い温度が表示され、冷却能力が上がったと勘違いしてしまう。実際は、適温に達しないことからエンジン内は冷えたままだ。

先述したようなデメリットにより、エンジンを知らず知らずのうちに痛めつけていることに気づかないことから、オーバークールのほうがタチが悪い。百害あって一利無しと言えるだろう。

サービスマニュアル上のデータ

人間に平熱があるように、エンジンにも適温が存在し、熱過ぎても冷え過ぎてもダメだ。B型エンジンの設計者によれば「水温のベストは90℃」とのことで、サービスマニュアル上にもその旨の数値が記載されている。純正品を使わないと適温を維持できないということになる。

エンジンは燃料の燃焼によって生まれた熱エネルギーを動力に変換する機械で、冷えた部分があれば熱の移動に伴う熱エネルギーを奪われることになってしまい、貴重なエネルギーの損失となってしまう。潤滑能力が維持できてエンジン内の金属が痛まない限り、できるだけ高い温度を保ったほうが、機械としての効率は良くなる。

近年の環境対策を視野に入れたエンジンならば、少ない燃料で十分な熱エネルギーを引き出し、触媒を早期活性化させて排ガスを浄化しやすくするため、より高い水温に設定されているパターンがあるそうだ。環境対策に最も神経質になっているのがメーカーで、莫大なコストを掛けて環境とパワーの両立を目指して導き出した結果が、そのエンジンに設定された適温となる。

使用パーツリスト
3.  19301-PAA-306  サーモスタットASSY.  2,220円  1個
11.  37760-P00-003  スイッチASSY.,サーモ  2,450円  1個

サーモスタットの交換は装着されている部分の都合から、一旦冷却水を抜かなければ作業することができない。冷却水の定期交換に併せて、サーモスタットを純正品に戻す。

真鍮色に光るファンスイッチ

続いて適正水温を保つため、ファンスイッチも純正品に交換。動作温度は91~95℃、停止温度はON温度からマイナス3~8℃と幅がある。

ラジエターキャップも本来の1.1kg/cm2に戻す

純正品に戻すときに「夏場の渋滞とか大丈夫?水温は100℃になるみたいだけど」と、言われた。曰く、水の沸点温度は100℃で、水温がそこまで達すれば、もう完全にエンジンは終わってしまうとのこと。そこで機能するのが、ラジエターキャップだ。

HKS 1.1kのラジエターキャップ

ラジエターキャップはただのフタではなく、その実態は圧力弁link。冷却水の循環経路に圧力…1.1kg/cm2(108kPa)を加えることで、沸点を100℃からさらに上昇させる機能があり、122℃で沸騰するようになる。よって90℃が適温とするならば、100℃を突破しても沸騰はしない。さらにラジエターの電動ファンによって、過熱しないよう水温を下げるようコントロールされている。これらを説明しても100℃になることは不安が残るそうで、その不安を逆に聞いても明確な答えは出ない。

「それに水温が高くなると、ECUはパワーを抑える制御をする」…それは確かにありうる話だが、パワーが落ちて困るシチュエーションは何か。サーキットであれば、パワーダウンはタイムに影響するかもしれないが、純正水温計であれば針はH側に動き始めており、オーバーヒートの恐怖と驚きを伴ってペースダウン(=冷却)し、もうパワーどころではない。少なくとも街乗りにおいては、パワーダウンが感じられるほどの高温まで追い込むことは極めて困難だ。

冷やすとはどういうことか

R6より望む福島第一原子力発電所

▲国道6号線より望む福島第一原子力発電所。

例えば福島第一原子力発電所は、地震による津波で冷却手段を喪失した結果「冷却能力(放熱)<核燃料の発熱量」となってしまい、炉心溶融が発生した。エンジンであれば「ラジエターの放熱量<エンジンの発熱量」で、オーバーヒートに至る。冷却とは「放熱量>発熱量」の関係で、はじめて成り立つ。オーバーヒートを防ぐには「ラジエターの放熱量>エンジンの発熱量」とする必要がある。

ローテンプサーモスタットは、純正サーモスタットの設定以下の水温で弁を開き、早いタイミングでラジエターに冷却水を流す、低水温側を制御する部品だ。よって全開温度に達すれば役目は終了で、高水温側の制御には一切関与していない。全開した後の水温上昇は、ノーマルサーモスタットと変わらない。サーモスタットの先に装備されている、放熱を担当するラジエターが実際の冷却能力を左右するからだ。

この手のチューニングで求めているのは、エンジンをブン回す高負荷な状況において上がってしまう水温を冷やすことで、しかも普段は適温に保たれていること。これを実現するには、ローテンプサーモスタットに交換するのではなく、大容量のラジエターに交換して「ラジエターの放熱量>エンジンの発熱量」とするしか方法は無い。

ローテンプサーモスタットはどこで使う?

ストリートレベルでのローテンプサーモスタットの装着はデメリットしかなく、前述したように弊害だらけで逆効果にしかならない。考えられるシチュエーションとしては、サーキットでのスポーツ走行や競技など、限られた用途での使用になるだろう。

ローテンプサーモスタットを使って低い水温を維持しておくことで、ヘッド内部から燃焼室の温度を下げて、ノッキングを防止する。ヘッドが冷えていれば、関連して吸気温度も落ちるので、酸素密度を上げてパワーを搾り出しやすくする…というきっかけ作りに関与する。低くなった水温状況に応じて、点火時期の調整、ターボ車ならブーストアップといったセッティングを行って、初めてローテンプサーモスタットを使う意味が出てくる。

パワーアップで水温が上昇しやすくなることから、「ラジエターの放熱量>エンジンの発熱量」という前提がより重要になり、注目するのはローテンプサーモスタットではなく、ラジエターの冷却能力となってくる。

また、純正サーモスタットに比べて、ローテンプサーモスタットは開弁温度が低いことを利用し、全開温度に達するまでの「僅かな時間稼ぎ」を行い、ゼロヨンやジムカーナといった超短時間競技で使えるかもしれない。

低水温状態ではラジエターキャップに圧力が掛かっていないので、沸点が下がっている。このような状態で急激な加熱(=特にターボ車の排気系やタービン系から)が加わると局所的な沸騰が生じてしまい、かえって冷却性能が低下するする可能性も考えられるので、スポーツ走行でもデメリットを考えなければならない。

結局、冷却系統はどう仕上げたか

EK9シビックタイプRの場合、純正ノーマルの冷却系統でサーキットを走り回ることも想定されている。素人が考える「サーキットで水温が高い状態」とは、エンジン設計者からすれば「考慮済み」だったりする。よって、純正のサーモスタットと新品の純正ラジエターlinkで冷却は間に合うと判断して、最終的には全てノーマルに戻した。

袖ヶ浦フォレストレースウェイでのスポーツ走行

その後のサーキット走行においては、懸念していた水温に関係するトラブル…オーバーヒートやパワーダウンは全く発生しなかった。チェッカーフラッグを受けてピットへ戻る際は、ペースダウンとシフトダウンによる冷却を行い、パドックに戻ったらアイドリングのままボンネットを開けてしばらく放置すれば、自然と冷えていく。自走での帰宅も当たり前にこなしており、翌日からの足車運用でも問題は起きていない。

長年使い込んだラジエターは、虫や小石等の異物との衝突でフィンが目詰まり気味、内部のチューブも詰まりが全くないとは断言できない。空気や冷却水がスムーズに流れなければ、放熱しにくくなってしまう。そんな状態では「冷えない」なんて当たり前で、ローテンプサーモスタットで低温側を下げても意味がない。ラジエターは消耗品。新品に交換するだけでも、ずいぶんとリフレッシュ効果が出てくる。

これらの部品は、二年前のタイミングベルト交換時linkに併せて交換したものだった。当時はこれで冷却能力が向上したと思っていたが、車のことを勉強するうちにデメリットばかりで何の意味もないことが分かり、純正戻しを決めた。ローテンプサーモスタットを撤去したことで、全シーズン安心して走ることができる。

EK系シビックにおける本当の意味での冷却能力の向上とは、サーモスタットには手をつけず、ハーフサイズのまま厚いラジエターに交換か、エアコンを撤去してフルサイズのラジエターに交換するかの二通り。少数派ながら、エアコンのコンデンサーを移設してフルサイズ化する方法もあるらしいが、ワンオフとなるので高コストとなる。ローテンプサーモスタット代の数千円レベルで水温対策が実現するわけがなく、それなりの費用を覚悟しなければならない。

繰り返すが、ローテンプサーモスタットに交換しても、放熱を担当するラジエターがノーマルのままでは、冷却能力は一切向上していない。水温は高くても低くてもダメで、まずはそのエンジンの適正水温を知り、維持することが冷却対策の第一歩となる。

走行距離:148,004km

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